アコルト(38)
全身がざわつく。
慌てて立ち上がって向き直った。
見慣れたはずの相手の顔からは、感情が読み取れない。
「何してんの」
小野はまたそう言った。
聞くしかない。
誤魔化すことも出来るが、この機会にはっきりさせたい。そうじゃないといつまでもモヤモヤしたままだ。
「……お前。いつも遅くまで何してんだよ」
俺は覚悟を決めて一歩を踏み出した。
全身に嫌な汗が流れる。
顔では平気を装いながら生唾を飲んだ。
「何ってなに。仕事だよ」
「仕事で血がつくのかよ」
俺は食い下がった。
逃すわけにはいかない。
はっきりさせたいという気持ちと同時に、安心させてほしい、そんな気持ちが渦巻いていた。
「……何が言いたいの」
「何って……だから……」
その言葉が出てしまいそうになるのを必死に抑えこんだ。
これを言ったら終わってしまう気がする。
「何かヤバイことしてるんじゃないかってことだよ」
「ヤバイって何だよ」
相手はまるでその言葉が俺から出るのを待っているようだ。誘導するように間髪入れず質問を被せてくる。
「だから……お前、前からキレたら何するか分からないトコあるじゃないか。
だからそういうことだよ。
だから……相手が悪くてもさ、生きていくには守らなきゃいけないルールってあるだろ。そういう……」
するといきなり大きな声で笑い出した。
「ルールってお前らのためのものだろ」
歪んだ顔から冷たい視線が注がれる。
俺と小野の間にひかれた一線が明確にされた瞬間だった。
「社会から守られて、親から守られて。そんなお前らが作った、お前らのためのルールだろ。そんな社会から外されて、保証もされない人間も同じルールで裁かれる。みんな仲良くよりよい未来だって? 反吐が出る」
確かに小野と俺とでは出発地点からして異っている。
俺が甘んじていた20年ほどの人生も、小野にといってはイバラの道だったかもしれない。
ーーちょっと待て。
さっきのメモを思い出した。
二木 律 18歳
俺が小野に会ったのは20になってからだ!
どうして18歳と書いてあった?
悪寒がする。
目の前の男は全く知らない他人の顔をしていた。
「じゃあ聞くけど」
小野はそういってまた一歩近づいてきた。