チロルの空想世界

オリジナル小説を載せてます。良かったら読んでいってくださいね。

(小説)アコルト

アコルト(41)

もしかして…… 目の前にいる小野の顔を見た。 小野は俺が気づいたことを悟ったのか、静かに答えた。 「これはオレの弟の財布」 離れて暮らしていたけれど 結婚式を喜んでくれて 会うはずだったんだ 「警察から事故だって言われたけど、どう見ても暴行された跡…

アコルト(40)

そこに立っていたのは、姿勢がよく、野性的な魅力を醸し出す面持ちの男だった。 そいつのことはしっかり覚えている。 ダメージジーンズに緑のスタジャンを羽織っていた。 人気ダンスグループのメンバーにいてもおかしくないような端正な顔立ちに、服の上から…

アコルト(39)

「ここに置いてある、これ何」 それは、棚の上にずっと置いていた黒い財布だった。 はじめて小野を泊めた時から、ここにあることは分かっていた。中にお金が入っていることも。 でも敢えて俺は置きっぱなしにしておいたのだ。 「これ、律の物じゃないよね」 …

アコルト(38)

全身がざわつく。 慌てて立ち上がって向き直った。 見慣れたはずの相手の顔からは、感情が読み取れない。 「何してんの」 小野はまたそう言った。 聞くしかない。 誤魔化すことも出来るが、この機会にはっきりさせたい。そうじゃないといつまでもモヤモヤし…

アコルト(37)

日付が変わる頃、玄関のドアが開いた。 いつものように疲れきった小野がベットに倒れこむ。 「髪伸びてきたな。そろそろ散髪しないか」 さりげなく散髪を促す。 「えー? まだ大丈夫だよ…」 寝てしまいそうになっている相手を布団から引き剥がしたが、また倒…

アコルト(36)

「たくさん洗濯したのね」 カーテンレールと部屋に張った紐にずらっと並べて部屋干ししている小野の服を見渡して、平野さんが言った。 変に思われただろうか。 「ちょっと洗濯したい気分になったんですよ」 慌てて取り繕って買ってきた服をクローゼットに押…

アコルト(35)

何度も後ろを振り返り、つけられていないことを確認しながらマンションへ急いだ。 これ、俺が不審者だな。 でもそうしないと落ち着かない。 ずっと誰かに非難されているような疎外感がついて回った。 マンションにつくと、大家さんの所に寄らずにまっすぐ自…

アコルト(34)

物音で目が覚めた。 時計を見ると針は6時前指している。 俺は洗濯機の前でうずくまったまま寝てしまっていようだ。 ああ…体の節々が痛い。 変な格好で寝ていたせいか、風邪をひいてしまったのか。 重い体を起こして部屋を覗くと、 小野がクローゼットに上半…

アコルト(33)

「やっぱアクセサリーがいいんじゃないですかぁ? 指輪とか! 私もほしい」 「いや、だからそういう相手じゃないんだ」 人の話しを聞いていたのだろうか。否定してもなお後輩は意地悪な視線をこちらに向けてくる。 もういい、他の奴に聞くよとその場から立ち…

アコルト(32)

「はじめて声をかけたのは、あの事件が起こった時だったね」 それは小野が酔っぱらいに絡まれた日だ。 考えてみると高岡さんたちと話すようになってまだ数ヶ月しか経っていない。 もっと前から知り合っていた気がしていた。 「正直家に来てもらったのは緩和…

アコルト(31)

クリスマスに向けて資金調達をする必要が出来た。 そのため単発バイトを入れ、バイトに明け暮れる日々が続いた。 そんなある日、ヘトヘトになった体で最寄り駅を降りると高岡さんと会った。 「お、久しぶりだね」 「あ、ご無沙汰してます」 高岡さんに会うに…

アコルト(30)

「久しぶりに家族で食事したって感じでなんだか照れくさかったです」 「たまにはああいうのもいいわね」 高岡家から自分たちのマンションに帰るまでの短い道すがら、ゆっくり歩きながら俺たちは話した。 「そういえば奥さん体調は大丈夫なんでしょうか。食事…

アコルト(29)

帰り道、高岡さんとばったり会った。 「二木くん。晩御飯の買い物か?」 「あぁ、これは高岡さん家の……」 そこまで口にして、あっと口をつぐんだ。 言っていいのだろうか。 奥さんが臥せっていて家事がそのままになっていたということを。 高岡さんは「ん?…

アコルト(28)

部屋をうろうろしているだけの俺に対し、小野はテキパキと家事をこなしていく。 食器は食器棚のそれぞれの所定の位置にしまわれ、ゴミは分別されて庭にあるポリバケツのゴミ箱へ、押入れから掃除機を取り出してかけ始める。 どれだけ家のこと知ってるんだ。 …

アコルト(27)

奥さんが寝ているならあまり音を立てたりはしない方がいいよな。 小野もそう思ったのかピアノには近づかなかった。 そういう気遣いは出来るらしい。 せっかく自分の腕前を披露しにきたのに、残念だろうな。でもまぁ次の機会にでも。 お湯が沸き、ヤカンから…

アコルト(26)

数日後、小野と都合を合わせて、高岡さんの家に行った。 家のチャイムを押そうとすると、小野が「ちょっと待って」と言ってトレーナーのポケットをゴソゴソ漁った。 中からガチャガチャと金属音が響いてくる。 一体なにが入っているんだ。 右手左手と交互に…

アコルト(25)

金曜の夜だった。 大学の連中に付き合って繁華街をうろついていると、平野さんらしき人を見かけた。 白と青の花がらのワンピースに真っ白の高いヒール。 髪を後ろでアップにしてキラキラ光を反射する蝶型のバレッタで止めている。 普段の地味な彼女ではない…

アコルト(24)

小野は俺に自分を見せようとしてくれている。 俺が下らない嫉妬をしたせいか。 しかし、目の前の小さな男が背負っているもの、失ってきたものが自分が想像していたものよりも大きすぎた。 「色々あったんだな……」 環境にも、境遇にも恵まれた俺からは実に薄…

アコルト(23)

少し歩くと小野が口を開いた。 「名前は陸斗。もうすぐ2歳になるんだ」 赤ちゃんについてはさっぱり分からない。2歳くらいの子の認知機能はどれほどなんだろう。一緒にいなくていいのだろうか。 「嫁さんとあの子と一緒に暮らしてないのか?」 「嫁さんじ…

アコルト(22)

奥さんの話しによると、子どもの存在を知ったのは、小野が高岡さんの家に泊まり始めた頃だという。 ある日突然、仕事に行っている間預かっていてほしいと連れてきたのだという。 それから、時々こうやって遊びに来たり、預かったりしているらしい。 どうして…

アコルト(21)

学校もバイトも休んで丸二日かかりっきりで看病していたためか、関係ないのか、熱は下がり、いつも通り元気になった。 おかげで俺はお粥の作り方をマスターした。 お粥はアレンジもきくし、ヘルシーだと思う。 風邪の時くらいしか用はないのだが、普段から食…

アコルト(20)

今まで自分の杓子定規で世の中を見てしまっていたことに気付かされた。 その家庭、家庭によってそれぞれの事情があるのは当然だ。 きっと小野の育った環境にも複雑な事情があるのだ。それはもう、薄々分かっていたことじゃないか。 それより、今は小野の体調…

アコルト(19)

寒く氷点下の日が続いた。 せっかく連れて帰って来たのに、それからも小野は外泊することが多くなった。 高岡さんの家に泊まっているわけでもないようだ。 どこに泊まっているのか、理由も聞いていないが、仕事が忙しくなったんだと勝手に納得していた。 そ…

アコルト(18)

奥さんはブツブツ何か言いながら本棚を探し始めた。 高岡さんが後ろから これじゃないのか? これか? とせっせと手伝っていたが結局、ピアノの上のぬいぐるみの下から出てきた。 年季が入った薄い楽譜だった。 所々茶色く変色し、開いてみると閉じられてお…

アコルト(17)

小野は楽譜を出さずに鍵盤に細い指を置いた。 練習中いつも聞いているが、今回ははじめて俺以外の人に聞かせるということで、見てるこっちが緊張してきた。 間違わないだろうか。いや、間違えてもいいんだ。別にコンクールでもないんだから。 リラックスしろ…

アコルト(16)

その日以来、毎朝高岡さん、平野さんと一緒に駅まで向かうようになった。 朝の短い時間ではそれほど会話も出来ないが、それでも二人のことが少しずつ分かるようになった。 平野さんは火曜に放送されるドラマが好きで、水曜日はたいてい「昨日見た?」から会…

アコルト(15)

帰り道、高岡さんと平野さんが前を歩きながら何やら話していた。 話しの内容は聞こえてこなかったが、二人も毎朝顔を合わせているのだから簡単な自己紹介でもしているのかもしれなかった。 二人の背中を見ながら、俺は小野との話題を持て余していた。 先ほど…

アコルト(14)

その顔は毎朝見ている顔だった。 いつも朝一緒に通勤しているおじさんだ。 振り払おうとした俺の手をガッチリと掴んでいた。 「大丈夫か」 太く低い声でそう言い、肩を回して立たせてくれた。 力強く、大きな肩だった。 もう一つの足音は、小野にハンカチを…

アコルト(13)

一瞬のことだった。 なにが起こったのか理解するのに時間を要した。 相手は小野の知り合いかもしれない。 友達同士でふざけているのかもしれない。 「 うまかったぜ」 甘い考えが消えた言葉だった。 男たちは下品にゲラゲラ笑いはじめた。 こいつ!! 一瞬で…

アコルト(12)

久しぶりに雪が降った日。 大学が終わると駅前で小野と待ち合わせした。 バイト代が出たので外食しようと思ったのだ。 携帯がつながらない小野と待ち合わせることにはじめは難渋したが、ここ最近はもう慣れっこになっている。 いくら待たされても、空いた時…