チロルの空想世界

オリジナル小説を載せてます。良かったら読んでいってくださいね。

アコルト(41)

 

もしかして……

 

目の前にいる小野の顔を見た。

 

小野は俺が気づいたことを悟ったのか、静かに答えた。

 

「これはオレの弟の財布」

 

離れて暮らしていたけれど

結婚式を喜んでくれて

会うはずだったんだ

 

「警察から事故だって言われたけど、どう見ても暴行された跡があった。

 

必至に探したよ。

亡くなった公園周辺で何日も目撃者を探した。あいつの周辺の人間関係も徹底的調べてるうちに、離れていた間どんな生活をしていたか、ちょっとずつ分かってきた。

 

金に困って借金してたことや

あいつのために泣いてくれる友達がいたことや

厳しくも、親身になってくれていた職場の人がいたこと

 

嬉しいような

寂しいような

 

色んな感情が湧き出てきた」

 

大きな瞳からポロポロと綺麗な水滴が光りながらこぼれては落ちた。

 

「心にぽっかり穴が空くっていうじゃない。

 

大切な存在がなくなったらさ。

 

本当そうなんだよ。

 

ここに大きな穴が空いて、埋め方が分からないんだ……」

 

まっすぐに睨むように、訴えるように、澄んだ瞳ではっきり俺を見ながら、自分の胸を掴んで痛そうに泣く。

 

か弱く 儚げなのに、なぜか強く、真っ直ぐで、なぜか抱きしめたくなる衝動を必死に抑えた。

 

何を考えている。

俺はこいつの敵なんだ。

 

でもどうやって俺までたどり着いた?

あんな夜中に目撃者なんて……

 

まさか……

 

「探してるうちに公園の前で嗚咽を吐く女の子に出会ったんだ。

 

その子は事の顛末をよく知っていた。

 

そのことがトラウマで公園にくると吐き気がして体が固まるんだって。

 

その子に学生証を見せただろ。

それで大学、名前、年齢、が分かったんだよ。

 

お前もよく知ってるんじゃないか? その子お前の大学に受かってる」

 

 

化粧の濃い後輩の顔が真っ先に浮かんだ。

 

何かと俺に絡んできてモーションかけてくる奴だ。

惚れてるのかと思っていたが、とんだ間違いだ! 近づいて復讐するつもりだったのか!

 

なんてこった。

周りにいる人間がみんな俺の罪を知っているように思えた。

 

違う!

 

あれはタダの遊びで まさか死ぬなんて思わなかったんだ!

 

みんなあるだろ?

若気のいたりっていうやつだよ。

 

許してくれよ。

ちゃんと後悔してる

なんだよ

俺がすべて悪いのかよ

 

先輩たちだって悪いだろ

なあ?

 

俺は殺されるのか?

 

お前のこと助けてやっただろ?

部屋も提供して、飯だって用意したし

ピアノだって教えてやった

 

でも

 

「………俺がやったんだ……許してくれ」

 

思いが一周して 俺の口から出たのは懺悔の言葉だった。

 

自分を正当化し守ることよりも、今 目の前にいる小野との関係が壊れることが怖かった。

 

アコルト(40)

そこに立っていたのは、姿勢がよく、野性的な魅力を醸し出す面持ちの男だった。

 

そいつのことはしっかり覚えている。

ダメージジーンズに緑のスタジャンを羽織っていた。

 

人気ダンスグループのメンバーにいてもおかしくないような端正な顔立ちに、服の上からでも分かる、絞った体。

 

魅力的なその姿で、正義感かざして胸糞悪い奴だ。

女どもは目の前に現れた王子さまに色めきだつ。

一瞬で俺はそいつがいけ好かないと悟った。

 

「なんでもないですよ」

 

へらへら笑いながら俺は答えた。

 

「俺らちょっと遊びに行こうって話してたとこなんすよ。俺車持ってるし」

 

「えーお兄さん車持ってんの」

 

女の中の一人が食いついてきた。

 

「持ってる持ってる。こう見えてもR大通ってんだよね」

 

R大といえば世間的にお金持ちで頭のいい奴らが通う大学で通っている。

正直、俺もこの大学名のブランドには感謝している。

ここに入るために必至に勉強したのは嘘ではないし、親もそこそこのお金を持っている。

大学入学してから、大学名を出すだけで女の反応は変わるし、世間の人の目も変わることを面白いほど味わってきていた。

 

「本当にー?」

 

「本当だって」

 

そういって学生証を見せると、二人の女が俺の腕にすがりついてきた。

 

どう見ても相手の男に学はない。

きっと高卒か下手したら中卒かもしれない。

俺は盛大に見下してやった。

 

なのに相手は悔しさも、いらつきも色も見せない。

相変わらず自分の信じた正義と圧倒的な自信で俺の前に立っていた。

 

どこまでも気に食わない男だ……!

 

「んだよ。その目は。女の子たちも来るって言ってるだろ。一緒に遊びに行くんだよ。問題ねぇだろ」

 

一人の女が やめなよ 帰ろうよ と引き止めていたが、俺は二人の女を強引にひっぱって仲間の所へ向かった。

 

「この子たちが未成年だって分かってるよな」

 

後ろから男が俺の腕を掴んだ。

 

「っせーな! いいって言ってんだろうが!」

 

振り向き際に盛大に殴りかかった。

 

気に食わない!

なんだその瞳は!

 

顔面に向かって俺は何度も拳を振り下ろした。

先輩たちもここぞとばかりに寄ってきて一緒になって相手を蹴り始めた。

 

この女たちも分かってんだよ! それでついてきてんだよ! 

なにカッコつけてんだよ!

馬鹿のくせに俺を非難すんじゃねぇ!!

 

女達は悲鳴を上げて逃げようとした。

そのうちの一人を先輩が羽交い締めにして取り押さえた。

 

「せっかくのお楽しみを逃すわけねぇだろ」

 

女は泣き叫んでいた。

その声にますます興奮した俺たちは、顔を押さえて蹲っている相手を何度も殴打した。

 

なんだこの高揚感。

楽しい。

面白い。

 

笑いまでこぼれてくる。

 

一通り暴行して、疲れたころに相手が痙攣しはじめ、なんだか酔いが冷めてしまった。

 

血や嘔吐を撒き散らし、ご自慢の面も見難く潰れている。

 

馬鹿が。

 

俺は足で後ろ向けに転がして、後ろポケットに入った財布を抜いた。

 

アコルト(39)

「ここに置いてある、これ何」

 

それは、棚の上にずっと置いていた黒い財布だった。

はじめて小野を泊めた時から、ここにあることは分かっていた。中にお金が入っていることも。

 

でも敢えて俺は置きっぱなしにしておいたのだ。

 

「これ、律の物じゃないよね」

 

小野の目は笑っていなかった。

 

……こいつこの財布のことを知っている?

どこまで知っているんだ?

 

息が詰まる。

喉に何か詰まっているような、締め付けられるように苦しい。

 

確かにこの財布は俺のものではない。

 

俺の犯した罪。

なかったことにしようとしていた過去。

 

……知っているのか?

でも、どうして?

 

 

 

 あれは俺が18の時だった。

大学に入学し、親元を離れ一人暮らし。

悪い先輩たちと知り合い、酒に女、薬など色んなことを覚えた。

楽しかった。

ただ、そういう遊びにはお金がかかる。

 

クソ真面目に時給数百円のバイトをしたところで貯まるのは微々たるもの。

 

そこで、俺達はもっと簡単にお金が手に入る方法を選んだ。

 

そう。人のお金をもらうのだ。

 

麻雀をし、負けた奴がお金を調達してくる。

方法はなんだっていい。そういうルールだった。

 

そして、その日、俺が負けた。

かなり泥酔していた俺は先輩や友達に支えられながらふらふら外へ出た。

 

外はもう夜で真っ暗だったと思う。

さあ、どうやって調達しよう。

どこかの家に忍び込もうか。

それとも誰かすれ違った相手を脅して……。

 

そんなことを大声で笑いながら話ていると、制服を着て屯っているJK集団を見つけた。

 

おい、JKだぞ

かわいいじゃん

お前声かけてこいよ

 

気も大きくなっていた俺は一人でJKの群れに向かっていった。

 

「ねぇ、何してんの」

 

女の子たちがどんな顔をしていたかなんて覚えてない。

女のフォルムをしていればそれでいいのだ。

ついてるもんがついてりゃそれでいい。

 

一人の女の子の腕を引っ張って半ば強引に連れて行こうとしたとき、後ろから声が聞こえた。

 

「おい、何やってんですか!」

 

 

 

アコルト(38)

全身がざわつく。

 

慌てて立ち上がって向き直った。

 見慣れたはずの相手の顔からは、感情が読み取れない。

 

「何してんの」

 

小野はまたそう言った。

 聞くしかない。

 

誤魔化すことも出来るが、この機会にはっきりさせたい。そうじゃないといつまでもモヤモヤしたままだ。

 

「……お前。いつも遅くまで何してんだよ」

 

俺は覚悟を決めて一歩を踏み出した。

全身に嫌な汗が流れる。

顔では平気を装いながら生唾を飲んだ。

 

「何ってなに。仕事だよ」

  

「仕事で血がつくのかよ」

 

俺は食い下がった。

逃すわけにはいかない。

はっきりさせたいという気持ちと同時に、安心させてほしい、そんな気持ちが渦巻いていた。

 

「……何が言いたいの」

 

「何って……だから……」

 

その言葉が出てしまいそうになるのを必死に抑えこんだ。

これを言ったら終わってしまう気がする。

 

「何かヤバイことしてるんじゃないかってことだよ」

 

「ヤバイって何だよ」

 

相手はまるでその言葉が俺から出るのを待っているようだ。誘導するように間髪入れず質問を被せてくる。

 

「だから……お前、前からキレたら何するか分からないトコあるじゃないか。

だからそういうことだよ。

だから……相手が悪くてもさ、生きていくには守らなきゃいけないルールってあるだろ。そういう……」

 

するといきなり大きな声で笑い出した。

 

「ルールってお前らのためのものだろ」

 

歪んだ顔から冷たい視線が注がれる。

 

俺と小野の間にひかれた一線が明確にされた瞬間だった。

 

「社会から守られて、親から守られて。そんなお前らが作った、お前らのためのルールだろ。そんな社会から外されて、保証もされない人間も同じルールで裁かれる。みんな仲良くよりよい未来だって? 反吐が出る」

 

確かに小野と俺とでは出発地点からして異っている。

 

俺が甘んじていた20年ほどの人生も、小野にといってはイバラの道だったかもしれない。

 

ーーちょっと待て。

 

さっきのメモを思い出した。

 

二木 律 18歳

 

俺が小野に会ったのは20になってからだ!

 

どうして18歳と書いてあった?

 

悪寒がする。

 

目の前の男は全く知らない他人の顔をしていた。

 

「じゃあ聞くけど」

 

小野はそういってまた一歩近づいてきた。

 

 

アコルト(37)

日付が変わる頃、玄関のドアが開いた。

 

いつものように疲れきった小野がベットに倒れこむ。

 

「髪伸びてきたな。そろそろ散髪しないか」

 

さりげなく散髪を促す。

 

「えー? まだ大丈夫だよ…」

 

寝てしまいそうになっている相手を布団から引き剥がしたが、また倒れこもうとするので食べ物で釣ることにした。

 

「平野さんがロールキャベツ作ってくれてるぞ」

 

食べ物の作戦は上手くいった。うるさいなぁと言いながらもコタツにあぐらをかいて座った。

 

「ほら、服買ってきたんだ。お前の伸びたり穴あいたりしてただろ? 明日からこれ着ていけ、な? それと、ほら 服の雰囲気に合わせて髪色も変えたらどうだ」

 

自分でも無理があると思ったが、そんなことどうでもいい。まだ食べている小野の頭におかまいなしにブリーチを塗りこんだ。

 

鼻につく酷い薬剤の臭い。

目にも刺激が飛んできて思わず顔をそむけたが、小野は気にせずご飯をかきこんでいる。

 

30分ほど置いて流すと、予定通りダークアッシュに染まった。

 

元の髪色が明るかったため、染めて逆に暗くなったが、当初の目的通り雰囲気は変わった。

小野が落ち着いた青年に見える。

 

髪を乾かすとやっと寝れると言って、布団に飛び込みすぐいびきをかきはじめた。

 

 

俺は少しの間、小野を見ていた。

 

時計が時を刻む音が聞こえ、息を吸って吐く、確かに生きているこいつ。

 

 

今まで接点のなかった俺たちがこうやって一緒にいる。

 

お前は一体何をしているんだ。

 

 

 

 

ふと、視界のすみにリュックが飛び込んできた。

 

小野の持ち物。

 

この中になにか証拠になるものがあるんじゃ。

 

小野は寝入っている。今なら中を見ても大丈夫だ。

 

俺はそっとリュックのチャックに手をかけた。

 

音を出さないようにゆっくり開ける。

 

ぎゅうぎゅうに詰め込まれたリュックの中身が少しずつ露わになった。

 

一番上には作業服が入っていた。

無理やり押し込んでいるのか皺だらけで洗っていないのか汚れが目立つ。

 

作業服をのけると下には服の替え、ヘッドホン、常備薬、楽譜、お菓子類、手帖、スクラップブックなどが出てきた。

 

特に怪しいものは入っていないようだ。

 

手帳を取り出すと、ハガキがはらりと落ちた。

結婚式の招待状に対する返信ハガキだった。

 

出席に◯がついて 「兄貴、おめでとう。 小野真都」 と汚い字で書かれていた。

 

亡くなったという小野の弟からのものようだ。

兄弟と言っても字は違うものだ。その字は四方に奔放に伸び、力強い字だった。

 

 

ずっと持ってるのか……。

よほど嬉しかったんだろうな。

 

背面にねじ込まれたスクラップブックを開けると、ここにも楽譜が挟んであった。

 

しかし、これは俺が買ってやった楽譜ではない。皺だらけになって半分以上は血で真っ黒になっている。

 

……これはアラベスクの楽譜だ。

 

 楽譜の上には小野の字で

 

「二木律 18歳 R大学O学舎」  

 

と殴るように書いてあるのが目に飛び込んできた。

 

 

え……俺?

 

 

名前の上に何重にも◯がつけられている。

 

 

 

どういうことだ?

 

俺は固まった。

 

あ、俺の名前を覚えるためにメモったのか?

 

でも確か小野はアラベスクの楽譜は持ってないって言っていた。それにこの血はなんだ?

 

 

「何してんの」

 

気がつくと小野が後ろに立っていた。

 

 

 

アコルト(36)

「たくさん洗濯したのね」

 

カーテンレールと部屋に張った紐にずらっと並べて部屋干ししている小野の服を見渡して、平野さんが言った。

 

変に思われただろうか。

 

「ちょっと洗濯したい気分になったんですよ」

 

慌てて取り繕って買ってきた服をクローゼットに押しこんだ。

 

「冬はなかなか乾かないでしょ、乾燥機ほしいわよね」

 

平野さんは特に気にする様子もなく鍋をコンロに置いて温めなおしはじめている。

 

良かった……

 

あと何か隠さなきゃいけないものはなかったか。

 

小野はまだ帰ってこないよな。あいつがまた血のついたような格好で現れたら全てが元の木阿弥だ。

 

平静を装おうとしたが内心いっこうに落ち着かなかった。

 

こういうとき無表情であることは助かる。

 

下手にしゃべらず黙ってコタツに入っていれば違和感はないだろう。

 

「そうそう、通り魔の話し聞いた?」

 

二人分のお皿を手に持って平野さんが入ってきた。

そして、コタツに入り込んだ。

 

今日は一緒に食べるつもりなのか?

 

なんでこういう日に限って長居するんだ。

そして、どうしてその話題を出してくる。

 

「今度は女子高生が襲われそうになったんですって。その子は走って逃げたらしいけど……怖いわ」

 

今日はロールキャベツだった。

 

半分に切ろうとスプーンで上から押し付けたがなかなか切れない。

 

「颯ちゃんは今日も遅いのよね」

 

思わず力が入ってスプーンを押してしまったせいで、お皿と擦れて不快な音が出た。

 

「ナイフいる?」

 

「あ、いや、問題ないです」

 

俺はもう切らずにまるまる一個口の中に押し込んだ。

せっかく美味しいであろう料理ももう何の味もしなかった。

 

その姿を見て平野さんはふふふと笑った。

 

「……颯ちゃんのクリスマス発表会、やっぱり出席しようかな……」

 

一瞬真剣な眼差しをこちらに向けたが、すぐ視線をそらして最近入ってきた派遣の女の子の愚痴に話が変わった。

 

女性が感情で動いているってことくらい俺でも分かっている。

 

こういう場合は指針を示すと逆に喧嘩になる。

優しく同意して安心させてあげればいいのだ。

 

ひとしきり話すと平野さんはすっきりした顔をして帰っていった。

 

女遊びしていた頃の無駄な時間にもこうやって活かされること学んでたんだな。

 

冷蔵庫を開けると。ちゃんと小野の分がタッパーに入れてしまわれている。

 

小野のこと相談しても良かったかな……

 

まだ暖かい料理が淡い後悔を俺の中に落ちていった。

 

 

 

アコルト(35)

何度も後ろを振り返り、つけられていないことを確認しながらマンションへ急いだ。

 

これ、俺が不審者だな。

でもそうしないと落ち着かない。

 

 ずっと誰かに非難されているような疎外感がついて回った。

 

マンションにつくと、大家さんの所に寄らずにまっすぐ自分の部屋へ向かった。

 

洗濯カゴに入っている小野の服を引っ張りだして他に血がついていないか丹念に調べた。

あのジャケット以外には血らしきものは見当たらなかったが、もう既に洗濯してあった数枚の服も合わせて全部洗濯機に押し込んで洗剤を何杯も入れて回した。

 

あとは……。

 

頭を掻きながら部屋を見渡してあいつの私物を探した。

 

相変わらず小野が家に置いてあるものはほとんどない。

 

あるといったら服と、日用品、俺がやった楽譜の一部。

 

ほとんどの物はあの大きなリュックに入れて持ち歩いているんだ。

 

 

あ、靴は。

靴には血がついていなかったのだろうか。

 

そう思って玄関に視線をやったが、あいつが持っている靴は一足しかなく、それを履いて仕事に行ってしまっている。

 

 

くそっ!

 

今日はどこで仕事だ。

現場か、バーか、他の仕事か。

迎えに行くにしても職場の場所が分からないじゃないか! 何を考えてるんだ俺は!

 

落ち着け。

小野は電車を使わないはずだ。

警官たちが駅前でずっとはっていてくれれば小野と鉢合わせすることはない。

 

 

帰りを待っていると一分一秒がすごく長く感じられる。

部屋を右往左往していたが、耐えられなくなって外に出た。

 

あいつの服を買ってこよう。

いつもと違う格好をさせて外見を変えるんだ。

 

靴のサイズはいくらだ。あと…あ、カラー剤も買っておこう。

髪を染めたら大分雰囲気変わるからな。出来れば髪型も変えたい。

 

安い服の量販店やドラッグストアを回り、適当なものを買い漁った。

かなりの出費だったが致し方ない。

 

買い物袋が一つ増えるごとに俺の中の安心感が増していった。

 

 

 

大量の荷物を持ってマンションに帰ると平野さんが丁度ご飯を持ってきてくれる所だった。

 

「あら、すごい量ね。何買ったの?」

 

「ええ、まぁちょっと……」

 

 

平野さんには話していいだろうか。

ふと、仲間を増やした方が安全な気がした。

 

メガネをかけた化粧気のない顔をじっと見つめて相手の反応に思考をめぐらしてみる。

 

平野さんだったらどう答えるだろう?

一緒にアリバイを探してくれるだろうか。

それとも、警察に通報する?

 

こちらを見返す顔が、白にも黒にも変わる。

 

平野さんは優しいが真面目だ。

時折冷たいと感じるくらい突き放した態度を取ることもある。

 

駄目だ。

 

言えない。